IT講師のおしごと・マインドセット編
アジェンダ
IT エンジニアリングスキルもそろそろ自信と箔がついた 2018 年。 30 代を目前に新しい事を始めようと思ったのもこのタイミングで、一年の目標に「結」を上げていました。 友人には「そろそろ結婚考えないとな~」なんて言ってましたが、それよりは 20 代の集大成として、今までやってきた事を一本の線に結ぶというイメージで捉えていました。
本題の前にすこし、私の小話に付き合っていただけますか。
人生計画や目標は大きく!
私の一年の目標の立て方は、まず 10 年計画1ぐらいをざっくり引きます。 これを 3 ~ 5 年で達成したいことを計画として起こし、5 年・3 年・2 年・1 年・6 か月・3 か月ぐらい大雑把に区切って小さなゴールを設定する、いわゆるフランクリン・プランナー志向の考え方をほとんどに当てはめます。 将来設計やビジネスプラン、経営や果ては個人のお金のサイクルなどはすべて数字のあるスケジュール管理ツールに入れてしまいます。
たとえば、「どういう技術を習得したい」という明確な目標値を設定する場合は、やりたいことが分かりきっているので、1 年ぐらいで達成できた・できないを別に 10 年後にどう役立てるかを考えます。 「お金を貯める」という目標を設定する場合は、どうやって?なぜ?今やらなければならないことか?まで叩いて、どうやって稼ぐのか分からない(自力で稼ぐ、他力で稼ぐなど)ので情報を集めたい、とします。
- 何ヶ月情報収集をやるの?
- 集めた情報が本当に正しいか?
- 自分に無理なくあっているか、継続して達成できるか
という個人レベルから、
- 世間や市場から外れていないか
- 目標達成によって他者に利益をもたらすものか
- 初期投資型のねずみ講、初速だけ早くて継続性のないマルチビジネス、愛用者よりビジネスパートナーを集めるマルチレベルマーケティングではないか
- 不労所得・繰延資産となりうるか
など経営や業界ポジショニングにも気を遣います。
なぜ難しい考え方をするのか
IT エンジニアは高単価だと言われていますが、短期的に収入を稼ぐにはあまりにもハードルが高く、教育には不向きだからです。
私は幸か不幸か、言語の流行り廃れが激しいタイミングで初仕事に入り、C 系から Java へ、Java から Ruby へ、JavaScript がフロントからオールラウンドへ戦える時代を短期間で経験してしまいました。 荒波に揉まれる、といえば聞こえはいいですが、学んだ技術があっという間に古くなったり、新しい技術が考案されてどんどん刷新されていった時期でもあります。 言語だけでもこれなのに、フレームワークでいうともっと変動が激しく、ベストプラクティス・バッドノウハウも錯綜していた時代でようやく「モダンプログラミング」が共通の意味を持つようになった頃でもあります。
私は色々な意味で運が良かったと思っています。 運も実力のうち、とは言いますが、私が考える「運も実力のうち」は「実力がなければ運はつかめない」ので、運を掴むための実力は最低限持っておく必要がある。 たとえば、最初に入った会社がアンラッキーだったとしても、これからラッキーな環境を掴む・作るために、アンラッキーな会社で地力をつける必要があります。 この話は、初期参入時に技術力が高かった生徒さんにしてきました。結果はどなたもピンとこなかった2のですが、もしかすると私が教えたうちの何人かは、当時の話を理解し始めているのではないかと思います。
最初から転職組、転職で報酬を上げてきた私には、会社で長く働けば昇給できるというイメージはありません。 報酬は自分で稼ぐもの、という意識が強いために、自分が売上に還元できないと思った取引には責任が取れないため、および腰になります。
売上に還元できる強みを全面に押し出していくことで、自信のある提案をお客様にできる力をつける。
この思想から、教育を受けて学んだ事ではなく、教育の場で自らが感じたことを大事にしていただけるような講義を行っています。 初期段階からそれぞれの生徒さんを見つめ、卒業だけではなくどこに入社・あるいは退社しても生きていける力をつけていただく事を重要視しています。 言語ごとに高い理解度が求められる時代は終わり、言語不問でもフレームワークの設計思想さえ理解できれば応用が利く時代になっているからです。
教育理念
今更ですが、大学生の頃3に教育学を選考していました。 熱血ママさん的な話ではないんですが、教育に対する関心は高かったです。 当時は「生徒からの信頼を得ないままにただ甘い or 厳しいだけの教師では生徒のやる気を削ぐばかりで、運が悪いだけで片付けるのは可哀相だ」という危機感からです。 良くも悪くも正義感の塊みたいなところがありました。
私の教え方や考え方はあくまで社会人を対象にしたものなので、本当の意味での教育現場は分かりません。 しかしながら、社会人講師でも教育現場と同じく「興味づけや関心を寄せるのが下手4」な人はいて、それとは別に人格的に合う・合わないはあります。 人格的に合わないのはどうしようもないですが、下手は生徒側(クライアント)にとって許されないことだと私は認識しています。
ここで、ひとつあなたに質問です。
Q. 刺さる人には深く刺さる講師と、万人に当たり障りなく接する講師
前提条件について、万人に深く刺さる講師はいないものとしてください。
- 優秀な講師はどちらだと思いますか?
- あなたはどちらの講師に教わりたいですか?
先にお話しますが、生徒側で正解はありません。 講師側の正解は、生徒側が求める講師像であることです。
ただし、講師に寄り添う生徒になれれば、どんな講師にあたっても比較的アタリ率が高まる傾向にあることも事実です。
私は、人に覚えてもらえる講師でありたい。